方丈記(嵯峨本) 3

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/9
翻刻
閑ならさりし夜戌の時はかり都の
たつみより火出來りていぬゐに
至るはてには朱雀門大極殿大學寮
民部省まて移りて一夜か程に灰と
成にき火本は樋口富小路とかや病人
を宿せる假屋より出來けるとなむ
吹迷ふ風にとかくうつり行ほとに
扇をひろけたることくすゑひろに
なりぬ遠き家は煙にむせひ近き
あたりは一向ほのほを地にふき
つけたり空には灰を吹たてたれは
火のひかりに映してあまねく
紅なる中に風に堪す吹きられたる
炎飛かことくにして一二町を越
つゝ移行其中の人うつゝこころ
ならむや或は煙にむせひてたふれ
ふし或は炎にまくれて忽に死ぬ
或は又わつかに身一からくして遁

濁点・句読点付加
閑ならざりし夜、戌の時ばかり、都の
たつみより火出來りていぬゐに
至る。はてには朱雀門大極殿、大學寮、
民部省まで移りて、一夜が程に灰と
成にき。火本は樋口富小路とかや。病人
を宿せる假屋より出來けるとなむ。
吹迷ふ風に、とかくうつり行ほどに、
扇をひろげたるごとくすゑひろに
なりぬ。遠き家は煙にむせび、近き
あたりは一向ほのほを地にふき
つけたり。空には灰を吹たてたれば、
火のひかりに映じてあまねく
紅なる中に、風に堪ず吹きられたる
炎、飛がごとくにして一二町を越
つゝ移行。其中の人うつゝごころ
ならむや。或は煙にむせびてたふれ
ふし、或は炎にまぐれて忽に死ぬ。
或は又わづかに身一からくして遁