方丈記

方丈記(嵯峨本) 終段

抑そもそも一期いちごの月影かたぶきて、餘算山の端はに近し。忽たちまちに三途の闇に向はむ時、何のわざをか、かこたむとする。佛の人を敎へたまふおこりは、事にふれて執心なかれと也なり。今草の菴を愛するも科とがとす。閑寂かんせきに着ぢゃくするも障…

方丈記(嵯峨本) 31

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 晦日ころ桑門蓮胤外山の菴にして これをしるす 月かけは入山の端もつらかりき たへぬ光りを見るよしもかな濁点・句読点付加 晦日ごろ、桑門蓮胤、外山の菴にして これをしるす。 月かげは入山の端もつらかりき た…

方丈記(嵯峨本) 30

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 ふれて執心なかれと也今草の菴を 愛するも科とす閑寂に着するも 障なるへし如何々用なき楽みを のへてむなしくあたら時を過さむ しつかなる暁此ことはりをおもひ つゝけてみつからこゝろにとひて いはく世をのかれ…

方丈記(嵯峨本) 四段

大かた、此このところに住初すみはじめし時は、白地あからさまと思ひしかど、今迄に五いつとせを経へたり。假かりの菴いおりもやゝふる屋となりて、軒にはくち葉くちば深く、土居つちい苔むせり。をのづから事の便たよりにみやこを聞ば、此山に籠こもりゐて…

方丈記(嵯峨本) 29

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 美景に殘れりそれ三界はたゝ心 一つなりこゝろもしやすからすは 牛馬七珍も由なく宮殿望みなし 今さひしき住ゐ一間の菴みつから 是を愛すをのつからみやこに 出ては乞食となれる事をはつと いへとも帰りて爰に居る…

方丈記(嵯峨本) 28

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 をらむ人をくるしめ人を悩ますは 又罪業也如何々他の力をかるへき 衣食のたくひ又おなし藤の衣麻の ふすまうるにしたかひてはたへを かくし野邊のつはな峯の木の実 命をつく斗也人にましはらされは 姿を耻る悔もな…

方丈記(嵯峨本) 27

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 更にはこくみあはれふといへとも やすく閑なるをは願はす唯我身を やつことするにはしかすもし すへき事あれは則をのつから 身をつかふたゆからすしもあら ねと人をしたかへ人をかへりみる よりはやすし若ありくへ…

方丈記(嵯峨本) 26

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 すへて世の人の住家を作るならひ かならすしも身のためにはせす あるひは妻子眷属の為に造り或は 親昵朋友のためにつくる或は主君 師匠及財寶馬車のためにさへ これをつくるわれいま身のために むすへり人のために…

方丈記(嵯峨本) 25

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 今迄に五とせを経たり假の菴も やゝふる屋となりて軒にはくち葉 深く土居苔むせりをのつから事の 便にみやこを聞は此山に籠ゐて後 やむことなき人のかくれ給へるも あまたきこゆまして其数ならぬ 類ひ尽して是をし…

方丈記(嵯峨本) 三段

わが身、父方の祖母の家を傳へて、久しく彼かの所に住すむ。其後そののち緣かけ身みおとろへて、しのぶかた〴〵しげかりしかば、つゐに隠あととむる事を得ずして、三十餘あまりにして、更に我心と一ひとつの菴いおりを結ぶ。是これを有ありし住居すまいにな…

方丈記(嵯峨本) 24

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 蕨を折木の実をひろひて且は仏に たてまつり且は家つとにすもし 夜しつかなれは窓の月に古人を しのひ猿の聲に袖をうるほす草 むらの蛍は遠く真木の嶋のかゝり 火にまかひ暁の雨はをのつから 木葉吹嵐に似たり山鳥…

方丈記(嵯峨本) 23

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 つれ〳〵なる時は是を友として あそひありくかれは十六歳われは むそち其齢事の外なれとこころを 慰むる事これ同し或はつ花を ぬき岩なしをとる又ぬかこをもり 芹をつむ或はすそ川の田井に 至て落穗をひろひてほく…

方丈記(嵯峨本) 22

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 人もなく又耻へき友もなし殊更に 無言をせされとも獨をれは口業を おさめつへしかならす禁戒を守る としもなけれとも境界なけれは何 に付てかやふらむ若隠の白浪に 身をよする朝には岡の屋に行 かふ舩をなかめて満…

方丈記(嵯峨本) 21

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 なるひめ墻をかこひて園とす則 諸の薬草を栽たり假の菴のあり様 かくのことし其ところのさまを いはゝみなみにかけ樋あり岩を たゝみて水をためたり林軒近けれ は妻木をひろふにともしからす 名を外山といふ正木の…

方丈記(嵯峨本) 20

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 今日野山の奧に隠をかくして南に 假の日かくしをさし出して竹の すのこをしき其西に閼伽棚を作り 中には西の垣に添て阿弥陀の畫像 を安置し奉りて落日を請て眉間の 光とす彼帳のとひらに普賢並に 不動の像をかけた…

方丈記(嵯峨本) 19

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 空敷大原山の雲にいくそはくの春 秋をか経ぬる爰に六十の露消方に 及て更に末葉のやとりを結へる事 ありいはゝ狩人の一夜の宿を作り 老たるかいこのまゆをいとなむか ことし是を中比の住家になすらふ れは又百分か…

方丈記(嵯峨本) 18

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 つゐに隠とむる事を得すして 三十餘にして更に我心と一の菴を 結ふ是を有し住居になつらふるに 十分か一也たゝ居屋斗をかまへて はか〳〵敷は屋を作るに及はす わつかについひちをつけりといへ共 門たつるにたつき…

方丈記(嵯峨本) 二段

凡およそ物の心を知れりしより、四十餘よそじあまりの春秋を送る間あいだに、世の不思議を見る事、やゝ度々たびたびになりぬ。去いんじ安元三年四月廿八日かとよ。風はげしく吹て閑しずかならざりし夜、戌いぬの時ばかり、都のたつみより火出來いできたりて…

方丈記(嵯峨本) 17

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 気色を聞にも心念々にうこきて ときとしてやすからすもしせはき 地に居れは近く炎上する時其害を のかるゝ事なしもし邊地に あれは徃反わつらひおほく盜賊の 難はなれかたしいきほひ有者は 貪欲ふかくひとり身なる…

方丈記(嵯峨本) 16

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 うすらくかと見し程に月日 重なり年越しかは後は言の葉に かけていひ出る人たになしすへて 世のありにくき事我身と栖との 墓なくあたなる様かくのことし 況や所により身のほとにしたかひ て心をなやます事あけてか…

方丈記(嵯峨本) 15

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 見侍りしか子のかなしみには たけき者も耻を忘れけりと覚えて いとおしく理かなとそ見侍りし かくをひたゝ敷ふる事はしはし にてやみにしか其名殘しは〳〵 絶すよのつねに驚くほとの地震 二三十度ふらぬ日はなし十…

方丈記(嵯峨本) 14

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 或はくつれ或はたふれたるあひた 塵灰立上りて盛なる煙のことし 地の震き家のやふるゝ音いかつち にことならす家の中にをれは忽に 打ひしけなむとすはしり出れは 又地われさく羽なけれはそらへも あかるへからす龍…

方丈記(嵯峨本) 13

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 より西朱雀より東の道の邊にある 頭すへて四萬二千三百餘なむあり ける況や其前後に死ぬるものも 多く河原白川西の京もろ〳〵の邊 地なとをくはへていはゝ際限も有 へからすいかに況や諸國七道をや 近くは崇徳院の…

方丈記(嵯峨本) 12

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 哀なる事侍りきさりかたき女男 なと持たる者は其心さしまさりて ふかきはかならす死す其故は我身 をは次になして男にもあれ女にも あれいたはしく思ふ方にたま〳〵 乞えたる物を先ゆつるによりて也 されは父子ある…

方丈記(嵯峨本) 11

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 わさもなけれはくさき香世界に みちみちてかはり行かたち有様 目もあてられぬ事おほかり況や 河原なとには馬車の行ちかふ道 たにもなしあやしき賤山かつも 力尽きて薪にさへともしく成ゆけは たのむかたなき人はみ…

方丈記(嵯峨本) 10

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 なけれはさのみやはみさほも作り あへむ念し詫つゝの寶物かたはし よりすつることくすれ共更に目見 たつる人なしたま〳〵かふる物は 金を輕くし粟を重くす乞食道の 邊に多く愁へ悲しふ聲耳に みてり先の年かくのこ…

方丈記(嵯峨本) 9

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 ともしきを見給ふ時は限りある みつき物をさへゆるされき是民を 恵み世をたすけたまふによりて也 今の世中の在さま昔になすらひて 知ぬへし又養和の比かとよ久敷 なりてたしかにも覚えす二年か間 飢渇して淺ましき…

方丈記(嵯峨本) 8

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 浮雲の思ひをなせり本より此所に 居る者は地をうしなひて愁へ今 うつり住人は土木の煩ある事を 歎く道の邊を見れは車に乗るへき は馬にのり衣冠布衣なるへきは 直垂を着たり都の条里忽に改りて たゝひなひたる武士…

方丈記(嵯峨本) 7

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 浮ひ地は目前に畠となる人の心 みなあらたまりてたゝ馬鞍をのみ をもくす牛車を用とする人なし 西南海の所領を願ひ東北国の庄園 をは好ます其時をのつから事の便 在て摂津の國の今の京に至れり所の 有さまを見るに…

方丈記(嵯峨本) 6

方丈記 | 日本古典籍データセットから 翻刻 又おなし年の水無月のころ俄に 都遷り侍りきいと思ひの外成し 事也大かた此京の始を聞は嵯峨 天皇の御時都と定まりにける より後すてに数百歳を経たりこと なくてたやすくあらたまるへくも あらねは是を世の人たや…