方丈記(嵯峨本) 序

 行川ゆくかわのながれはたえずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたは、かつきえかつ結びて、久敷ひさしくとゞまる事なし。世の中にある人と住家すみかと、又かくのごとし。玉敷たましきみやこのうちに、むねをならべ、いらかをあらそへる、高きいやしき人の住居すまいは、代々をつきせぬ物なれど、これまことかとたづぬれば、昔ありし家は稀也まれなり。あるは大家おおいえほろびて小家こいえなる住人すむひとも是に同じ。ところもかはらず人も多かれど、いにしえ見し人は二三十人が中に、わづかにひとりふたり也。あしたに死し、ゆうべうまるゝならひ、たゞ水のあわに似たりける。しらず、むまれ死ぬる人、何方いづかたよりきたりて、何方へかさる。又しらず、かり宿やどが為に心をなやまし、何によりてか目を悦ばしむる。そのあるじとすみかと無常をあらそひ去様さるさま、いはゞ朝がほあさがおの露に異ならず。あるは露おちて花殘れり。殘るといへども、朝日にかれぬ。或は花はしぼみて露なお消ず。きえずといへ共、夕をまつ事なし。