方丈記(嵯峨本) 2

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/8
翻刻
稀也あるは大家ほろひて小家と成
住人も是に同し所もかはらす人も
多かれと古見し人は二三十人か中に
わつかにひとりふたり也朝に死し
夕に生るゝならひたゝ水の泡に
似たりけるしらすむまれ死ぬる人
何方より來て何方へか去又しらす
假の宿り誰か為に心を悩まし何に
よりてか目を悦はしむる其あるし
と栖と無常をあらそひ去様いはゝ
朝かほの露に異ならすあるは露
落て花殘れり殘るといへ共朝日に
かれぬ或は花はしほみて露猶消す
きえすといへ共夕をまつ事なし
凡物の心を知れりしより四十餘の
春秋を送る間に世の不思議を見る
事やゝ度々になりぬ去安元三年
四月廿八日かとよ風はけしく吹て

濁点・句読点付加
稀也。あるは大家ほろびて小家と成。
住人も是に同じ。所もかはらず人も
多かれど、古見し人は二三十人が中に、
わづかにひとりふたり也。朝に死し、
夕に生るゝならひ、たゞ水の泡に
似たりける。しらず、むまれ死ぬる人、
何方より來て、何方へか去。又しらず、
假の宿り誰が為に心を悩まし、何に
よりてか目を悦ばしむる。其あるじ
と栖と無常をあらそひ去様、いはゞ
朝がほの露に異ならず。あるは露
落て花殘れり。殘るといへ共、朝日に
かれぬ。或は花はしぼみて露猶消ず。
きえずといへ共、夕をまつ事なし。
凡物の心を知れりしより、四十餘の
春秋を送る間に、世の不思議を見る
事やゝ度々になりぬ。去安元三年
四月廿八日かとよ。風はげしく吹て