方丈記(嵯峨本) 25

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/31
翻刻
今迄に五とせを経たり假の菴も
やゝふる屋となりて軒にはくち葉
深く土居苔むせりをのつから事の
便にみやこを聞は此山に籠ゐて後
やむことなき人のかくれ給へるも
あまたきこゆまして其数ならぬ
類ひ尽して是をしるへからす
たひ〳〵の炎上にほろひたる家
又いくそはくそたゝかりの菴のみ
長閑くして恐れなし程せはしと
いへ共夜ふす床あり晝居る坐あり
一身を宿すに不足なしかうなは
ちいさきかひをこのむ是よく身を
しるによりてなりみさこは荒磯に
ゐる則人をおそるゝによりて也
我又かくのことし身をしり世を
しれらは願はすましらす唯しつか
なるを望みとし愁なきを楽ひとす

濁点・句読点付加
今迄に五とせを経たり。假の菴も
やゝふる屋となりて、軒にはくち葉
深く、土居苔むせり。をのづから事の
便にみやこを聞ば、此山に籠ゐて後、
やむごとなき人のかくれ給へるも
あまたきこゆ。まして其数ならぬ
類ひ、尽して是をしるべからず。
たび〳〵の炎上にほろびたる家、
又いくそばくぞ。たゞかりの菴のみ、
長閑くして恐れなし。程せばしと
いへ共、夜ふす床あり、晝居る坐あり、
一身を宿すに不足なし。がうなは
ちいさきかひをこのむ。是よく身を
しるによりてなり。みさごは荒磯に
ゐる。則人をおそるゝによりて也。
我又かくのごとし。身をしり世を
しれらば、願はず、まじらず、唯しづか
なるを望みとし、愁なきを楽びとす。