方丈記(嵯峨本) 26

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/32
翻刻
すへて世の人の住家を作るならひ
かならすしも身のためにはせす
あるひは妻子眷属の為に造り或は
親昵朋友のためにつくる或は主君
師匠及財寶馬車のためにさへ
これをつくるわれいま身のために
むすへり人のためにつくらす故
如何となれは今の世のならひ此身
ありさまともなふへき人もなく
たのむへきやつこもなしたとひ
ひろくつくれりとも誰をか宿し
誰をかすへむそれ人の友たる者は
とめるをたうとみねんころなるを
さきとすかならすしも情あると
直ほなるとをは愛せすたゝ糸竹
花月を友とせむにはしかす人の
奴たる者は賞罸のはなはたしき
をかへりみ恩のあつきをおもくす

濁点・句読点付加
すべて世の人の住家を作るならひ、
かならずしも身のためにはせず、
あるひは妻子眷属の為に造り、或は
親昵朋友のためにつくる。或は主君
師匠、及財寶馬車のためにさへ
これをつくる。われいま身のために
むすべり。人のためにつくらず。故
如何となれば、今の世のならひ、此身
ありさま、ともなふべき人もなく、
たのむべきやつこもなし。たとひ
ひろくつくれりとも、誰をか宿し、
誰をかすへむ。それ人の友たる者は、
とめるをたうとみ、ねんごろなるを
さきとす。かならずしも情あると、
直ほなるとをば愛せず。たゞ糸竹
花月を友とせむにはしかず。人の
奴たる者は、賞罸のはなはだしき
をかへりみ、恩のあつきをおもくす。