方丈記(嵯峨本) 7

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/13
翻刻
浮ひ地は目前に畠となる人の心
みなあらたまりてたゝ馬鞍をのみ
をもくす牛車を用とする人なし
西南海の所領を願ひ東北国の庄園
をは好ます其時をのつから事の便
在て摂津の國の今の京に至れり所の
有さまを見るに其地程せはくて
條里をわるにたらす北は山に傍て
高くみなみは海に近くて下れり
波の音つねにかまひすしくて
塩風ことにはけしく内裏は山の中
なれは彼木丸殿もかくやと中々
やうかはりて優なるかたも侍りき
日々にこほちて川もせきあへす
運ひくたす家いつくに作れるにか
あらむ猶むなしき地は多く造れる
屋はすくなし故郷は既に荒て新都
はいまたならすありとし有人みな

濁点・句読点付加
浮び地は目前に畠となる。人の心
みなあらたまりて、たゞ馬鞍をのみ、
をもくす。牛車を用とする人なし。
西南海の所領を願ひ、東北国の庄園
をは好まず。其時をのづから事の便
在て、摂津の國の今の京に至れり。所の
有さまを見るに、其地程せばくて、
條里をわるにたらず。北は山に傍て
高く、みなみは海に近くて下れり。
波の音つねにかまびすしくて、
塩風ことにはげしく、内裏は山の中
なれば、彼木丸殿もかくやと、中々
やうかはりて、優なるかたも侍りき。
日々にこぼちて、川もせきあへず
運びくだす家、いづくに作れるにか
あらむ。猶むなしき地は多く、造れる
屋はすくなし。故郷は既に荒て、新都
はいまだならず。ありとし有人、みな