方丈記(嵯峨本) 8

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/14
翻刻
浮雲の思ひをなせり本より此所に
居る者は地をうしなひて愁へ今
うつり住人は土木の煩ある事を
歎く道の邊を見れは車に乗るへき
は馬にのり衣冠布衣なるへきは
直垂を着たり都の条里忽に改りて
たゝひなひたる武士に異ならす
是は世の乱るゝ瑞相かと聞をける
もしるく日を経つゝ世の中うき立
て人のこころもおさまらす民の愁
ついに空しからさりけれは同年
の冬なを此京に帰りたまひにき
されとこほち渡せりし家共如何に
なりにけるにかこと〳〵く本の様
にもつくらすほのかに傳へ聞に
いにしへのかしこき御代には
憐をもて國を治め則御殿に茅を
ふきて軒をたにもとゝのへす煙の

濁点・句読点付加
浮雲の思ひをなせり。本より此所に
居る者は、地をうしなひて愁へ、今
うつり住人は、土木の煩ある事を
歎く。道の邊を見れば、車に乗るべき
は馬にのり、衣冠布衣なるべきは
直垂を着たり。都の条里忽に改りて、
たゞひなびたる武士に異ならず。
是は世の乱るゝ瑞相かと聞をける
もしるく、日を経つゝ世の中うき立
て、人のこころもおさまらず、民の愁
ついに空しからざりければ、同年
の冬、なを此京に帰りたまひにき。
されどこぼち渡せりし家共、如何に
なりにけるにか、こと〴〵く本の様
にもつくらず。ほのかに傳へ聞に、
いにしへのかしこき御代には
憐をもて國を治め、則御殿に茅を
ふきて、軒をだにもとゝのへず、煙の