方丈記(嵯峨本) 9

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/15
翻刻
ともしきを見給ふ時は限りある
みつき物をさへゆるされき是民を
恵み世をたすけたまふによりて也
今の世中の在さま昔になすらひて
知ぬへし又養和の比かとよ久敷
なりてたしかにも覚えす二年か間
飢渇して淺ましき事侍りき或は
春夏日てり或は秋冬大風大水なと
よからぬ事ともうちつゝきて五穀
こと〳〵くみのらす空しく春
耕し夏種るいとなみのみありて
秋刈冬收るそめきはなし是に
よつて國々の民あるひは地を捨て
堺を出或は家を忘て山に住様々
御祈はしまりなへてならぬ法とも
行はるれとも更に其しるしなし
京のならひ何はにつけてもみな本
は田舍をこそ頼めるに絶て上る者

濁点・句読点付加
ともしきを見給ふ時は、限りある
みつぎ物をさへゆるされき。是民を
恵み、世をたすけたまふによりて也。
今の世中の在さま、昔になずらひて
知ぬべし。又養和の比かとよ、久敷
なりてたしかにも覚えず。二年が間
飢渇して淺ましき事侍りき。或は
春夏日でり、或は秋冬、大風、大水など、
よからぬ事どもうちつゞきて、五穀
こと〴〵くみのらず。空しく春
耕し、夏種るいとなみのみありて、
秋刈冬收るそめきはなし。是に
よつて國々の民、あるひは地を捨て
堺を出、或は家を忘て山に住。様々
御祈はじまり、なべてならぬ法ども
行はるれども、更に其しるしなし。
京のならひ、何はにつけても、みな本
は田舍をこそ頼めるに、絶て上る者