方丈記(嵯峨本) 18

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/24
翻刻
つゐに隠とむる事を得すして
三十餘にして更に我心と一の菴を
結ふ是を有し住居になつらふるに
十分か一也たゝ居屋斗をかまへて
はか〳〵敷は屋を作るに及はす
わつかについひちをつけりといへ共
門たつるにたつきなし竹を柱と
して車宿りとせり雪降風吹毎に
あやうからすしもあらす所は川原
近けれは水の難ふかく白浪の恐も
さはかしすへてあらぬ世を念し
過しつゝ意をなやませる事は
三十餘年也其間折々のたかひめに
をのつからみしかき運をさとりぬ
すなはち五十の春を迎へて家を出
世をそむけり本より妻子なけれは
捨かたきよすかもなし身に官祿
あらす何に付てか執をとゝめむ

濁点・句読点付加
つゐに隠とむる事を得ずして、
三十餘にして、更に我心と一の菴を
結ぶ。是を有し住居になづらふるに
十分が一也。たゞ居屋斗をかまへて、
はか〴〵敷は屋を作るに及ばず。
わづかについひぢをつけりといへ共、
門たつるにたづきなし。竹を柱と
して車宿りとせり。雪降風吹毎に
あやうからずしもあらず。所は川原
近ければ水の難ふかく、白浪の恐も
さはがし。すべてあらぬ世を念じ
過しつゝ、意をなやませる事は
三十餘年也。其間折々のたかひめに、
をのづからみじかき運をさとりぬ。
すなはち五十の春を迎へて、家を出
世をそむけり。本より妻子なければ
捨がたきよすがもなし。身に官祿
あらず、何に付てか執をとゞめむ。