方丈記(嵯峨本) 11

方丈記 | 日本古典籍データセットから

方丈記/17
翻刻
わさもなけれはくさき香世界に
みちみちてかはり行かたち有様
目もあてられぬ事おほかり況や
河原なとには馬車の行ちかふ道
たにもなしあやしき賤山かつも
力尽きて薪にさへともしく成ゆけは
たのむかたなき人はみつから家を
こほちて市に出てうるに一人か
持いてぬるあたひなを一日か命を
さゝふるにたに及はすとそあや
しき事はかゝる薪の中に丹つき
白かねこかねのはく所々につき
て見ゆる木のわれあひましれり
これをたつぬれはすへきかたなき
者の古寺に至りて佛をぬすみ堂の
物の具をやふり取てわりくたける
成けり濁悪の世にしも生れあひて
かゝる心うきわさをなむ見侍りき又

濁点・句読点付加
わざもなければ、くさき香、世界に
みちみちて、かはり行かたち有様、
目もあてられぬ事おほかり。況や
河原などには馬車の行ちがふ道
だにもなし。あやしき賤、山がつも
力尽きて薪にさへ、ともしく成ゆけば、
たのむかたなき人は、みづから家を
こぼちて市に出てうるに、一人が
持いでぬるあたひ、なを一日が命を
さゝふるにだに及ばずとぞ。あや
しき事は、かゝる薪の中に丹につき、
白がね、こがねのはく所々につき
て見ゆる木のわれ、あひまじれり。
これをたづぬれば、すべきかたなき
者の古寺に至りて佛をぬすみ、堂の
物の具をやぶり取てわりくだける
成けり。濁悪の世にしも生れあひて。
かゝる心うきわざをなむ見侍りき。又